コミュ障主婦の孤独な会社生活と片思いの記録

コミュ障主婦のメンヘラかまってちゃんな日々の記録

パート先で片思いしていた上司への想いを断ち切りながらメンヘラな心の闇との戦いを繰り広げているコミュ障主婦の日々の出来事をただただ吐き出すだけの、ストレス発散ブログです

幸せは自分次第で

幸せな人が嫌いだ
幸せな人は眩しすぎる

幸せそうなブログの記事にスターを押そうとしてふと、自分のようなネガティブモード全開のブログ主からスターを押されても迷惑なんじゃないかとつい気後れして、形跡も残さずそっと立ち去る

同じようにネガティブモード発動中のブログ主を見つけては勝手に親しみを覚え勝手に仲間意識を持ったりする

そんなとき今の自分が幸せじゃないんだなと痛感する

「あんたと話してるとすごく暗い気分になる」
学生時代、よくそんな理由で友だちが自分から離れていったっけ

でも自分はこんな性格なんだから仕方ないじゃんといつも開き直っていた

誰かの不幸を積極的に願うわけじゃない
ただ誰かの不幸を見つけると頬が緩む自分が存在するのは事実で、そんな自分は欠陥品なんだろうと思っていた

以前勤めていた職場に、完璧な女性がいた
アラフィフになっても周りからきれいだと褒めそやされ、本人も自尊心が高かった
若い頃から男に不自由したことないとか振られたことがないとか旦那が浮気することはないと思うが、私に勝てると本気で思ってるなら奪ってみればいい、でもきっと旦那は私を選ぶ、とか常に自信満々だった
仕事もできるし、コミュニケーション能力も高く、優しくて親切だった
子どもたちも優秀で、さりげなく自慢話をしてきていた
家柄もいいらしくお金にも不自由してなさそうだった

その人のことを心から尊敬していた
こんな素敵な女性にどうやったらなれるんだろう
いつもそう思っていた

2人きりになると、嫌味なこともサラッと言われたが、気のせいだと思い込もうとした

人の悪口や愚痴を私にはたくさん言ってきたが、本人を目の前にするとそんなそぶりは全く見せず仲良くしてるのを目の当たりにしても、本当は嫌ってるのに大人の対応ができてすごいな、と逆に感心していた

人の悪口を言う人は陰で自分の悪口も言っている、というのは定説だが、彼女は例外だと信じて疑っていなかった

ある種、洗脳されていた

彼女が本当は私のことを嫌っていて陰で私の悪口を垂れ流していることを知ったのと同時に、彼女がそこまで幸せな状態じゃないことも知った

私には表面的ないいことしか喋ってなかった
私はそれを鵜呑みにして、彼女を完璧な人だと思い込んでいただけだった

本当は、悩みもたくさん抱えている普通のアラフィフで、陰で私を陥れるような意地の悪さも持っている

すっかり目が覚めた

同時に、それまで彼女と比べて自分はなんと劣った存在なのかと卑下していたものだが、そんな必要は全然ないことを知った

確かに劣っている部分も多いが、少なくとも私は嫌いな人を陥れようとする意地の悪さは持っていない
人の不幸にニヤつくことはあっても、積極的に相手の足を引っ張るような真似はしない

そんな卑怯な人間より私の方が数倍マシじゃないか
ネガティブ寄りの誇りかもしれないが、本気でそう思った

その後、結婚が決まって自分の心が幸せに満ちあふれたとき、彼女たちのように不幸でマイナスのオーラを放つ人たちと距離を置きたいと本気で思った
不幸が伝染するような気がして……
どうせなら同じようにポジティブで幸せな人たちとだけ交流したいと強く思った

そのときに初めて、「あんたと話してるとすごく暗い気分になる」「ネガティブすぎる」という理由で私の前から立ち去っていったかつての友だちたちの気持ちがわかったような気がした

類は友を呼ぶ、というのは本当なのだ

自分が不幸なとき、確かに私は悪口や愚痴を垂れ流す彼女たちと話すのが楽しかった
自分が幸せになると、そんな彼女たちから離れたくて仕方なくなった

他人の不幸に頬が緩むのも、自分の心の状態が幸せなときはビックリするほど起こらない現象だった

逆に、人類が皆幸せであってほしい
みんながポジティブであってほしいと心から願った

性格の問題じゃなかったのだ

自分が幸せかそうじゃないかで、他人に対する心の持ちようが180°変わってくる

それは本当に怖いことだ

けれど、逆に指針にもなる

幸せな人に気後れする今の自分の心の状態がどんななのか自分で感じ取れるから

そうすれば、やるべきことは誰かの不幸を望むことではなく、自分を幸せにする方法を探すことだと気づける

幸せな人は嫌いだ
幸せな人は眩しすぎる

だから……

一刻も早く自分の幸せを見つけたい
他人の幸せを一緒に喜べるように
他人の不幸を喜ぶ自分から抜け出すために

私は私の幸せを早く探してかみしめたい……