コミュ障主婦の孤独な会社生活と片思いの記録

コミュ障主婦のメンヘラかまってちゃんな日々の記録

パート先で片思いしていた上司への想いを断ち切りながらメンヘラな心の闇との戦いを繰り広げているコミュ障主婦の日々の出来事をただただ吐き出すだけの、ストレス発散ブログです

終わりの始まり

自分の気持ちをブログで吐き出したり、誰かに聞いてもらったり……

そうしてる中で、ふと、感じた想いがあります

私がボボさんにアクションを起こせない本当の原因は、自分がボボさんと「始めたくない」からなのではないかと

私とボボさんとの間に何かしら繋がりが出来てしまったら……


それは、終わりの始まりでもあります


連絡先を聞いて、断られる
連絡先を教えてはくれるけど、実際にやりとりはしない
やりとりはしてくれるけど、デートまではこぎ着けない
デートまではしてくれるけど、それ止まり
デートもできてそのうち付き合えるけど、すぐに終わってしまう……

どの時点でかはわかりませんが、いずれにせよ、私が何かしらアクションを起こした時点で、何らかの「結末」がそこには待ち構えている

私はボボさんと終わってしまうのが怖いのかもしれない

逆に、何も始まらなければ、終わることもない

少なくともボボさんの記憶の中で私は永遠に、ボボさんの部下のままだ
それ以上にもそれ以下にもならない
好きでも嫌いでもない、中立の状態のままでいられる

もちろん、ずっと付き合い続ける

その可能性だってある

でも、確率はずいぶん低いし、以前の記事に書いたように、それではボボさんの未来を奪ってしまう

komyushou-shuhu.hatenadiary.jp


それに、何らかの「結末」が出てしまったら、ボボさんへの恋心はそこで打ち止めになってしまう

心を揺さぶられて、
ドキドキして、
夢中になって、
親しくなりたいと願って、
親しくなれなくて落ち込んで、
顔を見るだけで嬉しくなって、
顔を見るだけで苦しくなって、
恋しくて恋しくてたまらなくなる

そんな激しい感情を経験するのは人生においてこれが最後かもしれない

その気持ちをなるべく長く維持したい
この「恋心」を失いたくない

自分の中でそういう「恋心」に対する未練もあるのかもしれない

失いたくないのは「ボボさん」なのか「恋心」なのかそれすらもわからないけれど、いずれにせよ、私はもう何も失いたくないのかもしれない

今現在すでに自分の気持ちすら見失ってる状態なのに……

臆病者の言い訳かな
そうかも

きっとまだしばらくは「結論」は出そうにないし、出さないかもしれない

始まらないことは「苦しい」ことでもあるけれど同時に「幸せ」なことだ

しばらくはその相反する感情と戦い続けることになるんだろうな

どちらの感情に身を委ねるのか、いつか私も「覚悟」を決めざるを得ない日がきっと来る

それまで悔いのないように、ボボさんとの何も始まらない穏やかな日々をかみしめよう

ボボさんとの思い出を心に焼き付けて、いつか来る「終わり」の日に備えよう

私はまだどちらにも身を置いていない「自由」な身なのだから……