コミュ障主婦の孤独な会社生活と片思いの記録

コミュ障主婦のメンヘラかまってちゃんな日々の記録

パート先で片思いしていた上司への想いを断ち切りながらメンヘラな心の闇との戦いを繰り広げているコミュ障主婦の日々の出来事をただただ吐き出すだけの、ストレス発散ブログです

瀬尾まいこ 傑作はまだ

瀬尾さんの作品もいつも温かくて優しいので好きです

この作品は小説家として家でほぼ引きこもりの生活をしている加賀野のもとにあるとき急に25才の息子、智が「住ませてくれ」と押しかけてきて同居生活を送ることになることから始まります

若い頃に飲み会で知り合った美月との間に授かった智とははじめましての関係

毎月10万円の養育費を渡す代わりに写真1枚だけ送られてくる、たったそれだけの関わり

人付き合いをめんどくさがって町内会にも加入してない加賀野と、積極的に人と関わっていき町内会にもいつの間にか加入してきた智

そんな智と生活を共にするうちに少しずつ加賀野の気持ちにも変化が起こっていく……という、ありがちといえばありがちな話です

けれどちっとも退屈な話には仕上がってません

ただ、あれですね
人に興味がなくて世の中のことにすごく疎くても作家というものは自分の想像力だけでやっていけるものなんですかね

加賀野さんはからあげクンのことすら知らなかったくらい引きこもりまくってた人です
まぁ、ジャンルが純文学っぽかったからなんとかなってたんですかね

でもやはり純文学って人の心を浮き彫りにする作業でしょうから、人に興味ないって意外と致命的ですよね

なので加賀野さんも最近はワンパターンになりつつあり作家としては伸び悩み中でした

加賀野さんのそういう状態を読みながら私の脳裡に浮かんだことがあります

私一時期、ある純文学の作家さんの作品をむさぼり読んでた時期がありました

その人のやっぱり主人公の心の葛藤とかの描写がすごく好きで。

けれどだんだんと、その人の書く喋り言葉の描写があまりにも自然な会話のように聞こえない感じだとか、その人の描く主人公がいつも現実離れした仕事で生計を立てていてちっとも普通のOL風な人とかは出てこないこととか、そういう部分が気になるようになってしまいました
つまりはリアルじゃなさすぎて主人公の苦悩に寄り添えなくなってきたわけです

基本的に私はフィクションにリアルさはそこまで求めてません
ただし、やっぱりそれはジャンルにもよります

先述したとおり純文学は「心」がメインです
主人公の心の葛藤や悩みに読者が共感したり寄り添ったりするジャンルだと私自身は捉えてます

なのであまりにも主人公たちが現実離れしてると客観的にしか読めなくなってくる
でも客観的に読もうとするとエンターテイメント性の強い作品ではないだけに何に面白みを感じて読めばいいのかがだんだんわからなくなってくる

もちろん、本人や出版社もそのあたりの、登場人物と読者との距離感を縮めるべきだとの認識があるのか、会話文も少しずつ自然な感じに近づいてきたし、飲食店でバイトするとかだんだんと職業も身近なものになってはきたのですが、やはり自分の中では自分と登場人物たちとの隔たりは埋まらず、その作家さんの作品はいつの間にか読まなくなってしまいました

その方は若くして作家になった方で企業勤めの経験がないので会社員というのが上手く想像出来なかったからそういう登場人物たちがどこにも出てこなかったのかなと勝手に納得してました

別に会社員にこだわってたわけじゃないんですが多分その頃の自分がその方の描く「自由人」に見える登場人物たちと相容れなかったんでしょうね、きっと😅

加賀野さんの場合は智という存在を通じて自分で自分の世界を一歩開きました

今まで人間の醜い暗い部分しか感じ取れなかったのが、人には善意や思いやりもあるということを実感できるようになりました

それと同時に美月の自分に対する愛情に気づいたり自分の智や他の人に対する興味も湧いてくるようになりました

ラストもちゃんとハッピーエンドですし、とても幸せな読後感です

まぁ、1つだけ引っかかるのは加賀野さんと智の同居生活が1ヶ月しかなかったことくらいでしょうか

1ヶ月という期間で本当に引きこもりで全然人に興味がなかった人間の思考を修正出来るものなんだろうかというのは少しクエスチョンマークでした

それ以外は何ら問題なく、加賀野さんと智との会話も面白かったですし話の流れもスムーズですしとても温かさに満ちた作品で面白かったです