コミュ障主婦の孤独な会社生活と片思いの記録

コミュ障主婦のメンヘラかまってちゃんな日々の記録

パート先で片思いしていた上司への想いを断ち切りながらメンヘラな心の闇との戦いを繰り広げているコミュ障主婦の日々の出来事をただただ吐き出すだけの、ストレス発散ブログです

無関心にはなれなかったけれど嫌いにはなったかも😅

今日はお昼ごはんを買い損ねて悩んでました
男性陣と一緒にはいきたくないから1度家に帰ることにしようか、と
すると社用車が2台残ってることに気づいたので、男性陣が出発してからもう1台で買いに行こうと決意
ところがお昼のチャイムが鳴ったところでボボさんが
「お昼買いに行く人いない?」
と大声でみんなに尋ねてきました
誰も返事をしません
「え、誰もいない?」
焦るボボさん
身を固くする私
「まだ動けないから買いに行ってもらおうと思ったんだけど」

ここで目まぐるしく悩みました
一緒に行くわけじゃないのなら、買いに行きましょうか、と声をかけてもいいのかな、でもそうしたらボボさんを見なきゃいけなくなるし、そもそもやっぱり声自体かけたくない
私に借りを作るのはボボさんだってイヤなはず
いや、そもそも私が接点を作りたくない
ただ、ここで黙ってて私がお昼を後で買いに行くのはなしだよな……
感じ悪いと他の人に思われてしまう

そのようなことをあれこれと思案した結果、家に帰ることにしました

だいたい私を無視する人のためになぜ親切にしてやる必要がある?

おそらくボボさんと喋りたいときの私だったら、声をかけたかもしれません

けれど、喋ること自体に拒否反応が出ました

好きと嫌いは紙一重

好きは簡単に嫌いに裏返る

元ファンのアンチほど厄介なものはない

誰かの好意に気づいたときにトラブルを防ぐため、ギクシャクするのを防ぐため、素っ気なくしてわからせる

素っ気なくする理由をそのように言うことが多いのですが、本当にそれだとトラブルにならないのでしょうか?

私のように、もういい、と仕事の用件を話すときでさえも顔を見ようともしないような対応をされても、よかった、これで関わらなくてすむ、と喜ぶ感じなんでしょうか
そういうのがトラブルを未然に防いだということなんでしょうか

からしたらすごく不思議です

私のデスクの上にはハサミやホッチキスなどが入った文房具立てが置いてある関係で、私のデスクでちょっと書き物をしたりホッチキスを使ったりする人が多いのですが、ここのところボボさんはほとんど私のデスクを使うことはしてませんでした
けれど、今日は久々に私のデスクで少し作業をし始めたのです
ものすごくイライラしました
おそらく今までは、そういうときに私がすぐに話しかけていたので、それがイヤで敬遠していたはずなのですが、もう話しかけられることもないと思って使い始めたんでしょうか

ホントにイヤでした

その、拒絶するような気持ちを自覚したときに、
嫌いになったんだろうな、と思いました

本当は無関心になるつもりだったのですが、まぁ、仕方ありません

好きも嫌いもまだ同列なので、そういう意味で言うとボボさんへの気持ちが昇華できたとはとても言えないのでしょうが、少なくとも好きではなくなったと思います

今までにないほど強い拒否感を感じたので

一歩前進、と言っていいのかわかりませんが、まぁ、そういうことにしておきます😌