コミュ障主婦の孤独な会社生活と片思いの記録

コミュ障主婦のメンヘラかまってちゃんな日々の記録

パート先で片思いしていた上司への想いを断ち切りながらメンヘラな心の闇との戦いを繰り広げているコミュ障主婦の日々の出来事をただただ吐き出すだけの、ストレス発散ブログです

自分の感じた感覚が結局いつだって正しい

今までの人生を振り返ってみても人間関係って対面で自分が相手にふっと感じた感覚が何だかんだで正しかったりする

どんなに口では、私の味方だとかあの人のことは好きじゃないと言ってる人でも、その人の出産祝いに数万もするような高いお祝い品を渡していたり、私に対してチクチクと嫌味なものの言い方をすることが気になっていたら、案の定、その人は私を嫌っていて、逆に、常々私に対して嫌いだと言っていた人に友情を感じていたりだとか。

前のパートさんたちも、何か話に入れないし嫌な予感がしていたら案の定私のことが嫌いでハブられるようになったり。

そしてボボさんも、早い段階から私を嫌ってるような態度や話す気のない返事の仕方にモヤモヤしていましたが、結局その感覚が答えだった

話す気もないし好きでもない
仲良くする気もないし自分と似てる部分を見せられるのが不愉快

過去の記事をざっと読んで何度も同じことを繰り返して何度も同じ気持ちを味わって、見事に学習能力なさそうな状態を繰り返してたけど、でも、確実に前には進んでる

色んなことを検証して答えを探して結論にたどり着いた

全く同じように見えるけれどもやっぱり少し違うのだ。
自分の中で見つけた情報量が。

だからこそ昔よりも確実に自分が納得しやすくなってるし諦めることを受け入れやすくもなっている

これまでにも何度も諦めると言っては諦め切れてない自分がいる

それはそのときに出た答えに完全には納得し切れてなかったからだ
本当にその答えが正しいのか自信がなかったから。
ボボさんの気持ちを推察して結果的に同じ諦めるという選択をするにしても、その自分が下したボボさんの気持ちの推察が本当にそれなのか、精度が低ければ当然、諦めようという決意も鈍る。

だから今まで失敗してきた。

けれど、今度こそ、ようやく本当の諦めどきがやってきたように思う。

日々ボボさんを観察して、ときには話し合い、そうやって手に入れた数々の情報が、もうこれ以上覆ることもないんじゃないかと思わせてくれてる。

正直、私の抱いてるこの感情はすでにもうただの執着と化してるんだと思う。
これを引き剥がすのは本当に並々ならぬ努力と途方もない月日が必要だ。
今のこの毎日のように顔を合わせねばならない状況下では特に。

あまりにもこじらせすぎたし好きになりすぎた。

でも、改めて決意しないといけないと思ってる。

ボボさんを諦める

どんなに苦しくてももうその目標に突き進むしかない
ボボさんがどうこうではなく、他でもない自分自身のために。